介護をしていない人が、介護のことは語れません。
やってみて初めて分かる驚きや苦労、それに苦悩は、実際に介護をしないと分からないものです。
僕も介護をする前には、想像もできなかったことを現在やっています。
前もって知らなくても、必要に迫られると出来ることばかりですが、知っていて損はありませんので介護のリアルを覗いてみてください。
目次
衣服の購入
母の衣類を買うためとは言え、婦人服売り場に行くのは、今でも厳しいです。
特に、下着をレジに持って行くのは地獄のバツゲームですね。
最初はサイズやどのようなモノを買って良いか分からず、当然母の好みも知る由もありませんでした。
もちろん売り場で吟味する余裕などなく、サッとレジに持っていくものですから、サイズが合っていなかったことも度々ありました。
交換や返品にも行きたくないので、自宅には安いモノばかりですが新品もたくさん残っています。
今は、紙おむつになって肌着はボタンの代わりにマジックテープ式のモノをネットで購入していますが、衣服は今でも婦人服売り場に買いに行っています。
天気予報のチェックどころ
会社勤めをしていた頃は、とにかく洗濯は週末が勝負でしたので、週間天気予報は必ずチェックしていました。
恥ずかしながら、要介護になる8年前までは、洗濯やごはんは、母に作ってもらっていました。
とは言っても、平日はほとんど外食でしたので、食べても週末ぐらいです。
この頃の母は、腸閉塞や栄養失調状態で年に1、2度入院しており、日々の不安はありましたが、日常生活は普通に送っていました。
よく母に、愚痴を言われたものです。
「あんたの家政婦ちがうねん。」
「いつまであんたのごはん作らんとあかんの?」
「周りの私くらいの歳の人は、皆ゆっくりされているわ。いいかげん結婚して早く出て行って!」
このような憎まれ口も叩かれていました。
長年こき使った罰が当たったのでしょうか?
母が動けなくなってからは、これらのことが全て僕に移行しました。
睡眠の質の違い
睡眠の質に満足している人は、意外に少ないようです。
その点、僕は不眠症とは無縁の男で、睡眠は長年満足していました。
寝付きの良さは、のび太君並みの早業で、一旦眠れば途中で起きません。
朝までぐっすり、寝起きもスッキリです。
しかも、目覚ましセットしている5分前には勝手に目が覚めます。
睡眠時間は4~5時間でしたが、日中眠くなることもありませんでしたし、なにより熟睡を実感できていました。
リズムが狂いだしたのは、夜中母のトイレの付き添いが必要になってからです。
1度起きると、2度寝ができず朝まで眠れないことも度々で、そのうちに不眠症に悩まされるようになりました。
不眠症になって1年近く経つ頃には、起床時の激しい疲労感と眠れない長い夜が本当に辛かったです。
幸か不幸か、結局、会社を辞めたことによって不眠症の悩みは解消しました。
しかし、介護生活をしていると、夜中にオムツやストーマ装具の下の世話など、思うように睡眠時間がとれないのが現実です。
現在は、1時間~2時間程度の睡眠を一日のうちに2、3回という感じです。
トータルで5~6時間というところでしょうか。
まとめて通して寝るという生活は、介護生活においては難しいと思います。
携帯電話
母の要介護が重くなるにつれ、訪問看護ステーションや病院からの連絡が増えていましたので、会社には事情を伝えて仕事中も個人の電話を持たせてもらいました。
救急車で運ばれるような緊急時もありましたので、個人の携帯を持つことは安心につながりましたが、スーツのポケットに2個入れは、かさばるのが玉にキズです。
お金の使い方
僕は、物欲はなく飲み食いで散財するタイプです。
30歳の頃に借金完済後、少しずつ貯蓄はしていましたが、やはり独り身です。
誰に気兼ねすることもない、自由になるお金があったからだと思いますが、金銭感覚がゆるい自覚は僕自身ありました。
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毎晩のように飲みに行っていましたし、カッターシャッも週末にまとめてクリーニングに出していました。
しかし、母が要介護になった頃から、この先どれだけ続くか分からない介護生活にさすがの僕でも出費を抑えるようになりました。
当然、飲みに行く回数を減らして、クリーニングも自分で洗濯するように切り替えました。
備えが無いと何もできません。
お金は、すぐに貯まるものではないので小銭と言えど、長期的な地道な努力が必要です。
有給休暇の使い道
本来は有休休暇を取って、のんびりと旅行に出かけて骨休みしたいところですが、介護生活になるとこの先どれだけ休まなければならないか分からないので、むやみに有休は使えませんでした。
有休を取るのは決まって、母が入院した時が多かったです。
退院は休日にできても入院は当然のことですが、日を選べません。
それに病院のソーシャルワーカーからの呼び出しやカンファレンスは、皆さんの勤務時間に行われるので平日都合を付けなければなりません。
介護生活をしていると、何かと細々諸事情が発生するので有給を使わざるを得なかったです。
勤めていた会社は、女性はきっちり消化しているのに対して男性は非常に有休とりづらい環境でした。
しかし、介護生活を維持するための休暇については肯定で、むしろ気兼ねしなくて良いと言ってもらえていましたので大変助かりました。
散髪の場所
在宅で介護するようになって、散髪もどうしたらいいのか分かりませんでした。
母の身体の状態に応じて、散髪する場所も何回か変えていますが、その都度、ケアマネや訪問看護の方に相談をしています。
ボチボチしか歩けなくなった時は、入り口に階段や段差のない美容院を探しましたし、歩行器を使いだしてからは完全予約制の広い店内スペースのお店に変えました。
要介護になったばかりの頃は、右腕のマヒと目が不自由でしたが、まだ普通に歩けていましたので近くの大衆美容院に行っています。
移動の際、付き添っての誘導が必要でしたので、できるだけ他のお客さんに御迷惑かけないよう朝一番に行くようにはしていました。
現在が、最終形だと思いますが、自宅で来てもらってカットしてもらっています。
たまたま、入浴業者さんのスタッフの1人が元美容師の方で、入浴前にお願いしています。
降りかかる火の粉は自力でしか払えない/まとめ
いかがでしたか?
今回は、介護前と介護後の生活の変化についてまとめました。
その他にも、在宅介護が始まった頃は、家のことは何も分からず、母の衣服の収納場所さえどこにあるのか知りませんでした。
ゴミ収集日や分別しなければならないことさえ分からない始末です。
また、母が在宅介護になった時点で、料理だけでなくレンジを扱うことすらできませんでしたので、僕のいない日中の食事は父に頼らざるを得ない状況でした。
しかし、その父もご飯しか炊けません。
絵にかいたようなダメダメ親子で、八方ふさがりでした。
これがサッカー選手だったら、2人とも即戦力外通知です。
こんな時、男って本当に役に立たないですよね。
僕に姉がいたら良かったのにと、何度思ったか分かりません。